2024年7月の記事一覧

高山本線仕上げ旅!!その7(まとめ)高山本線踏破・本州全本線踏破なる

投稿日:2024年07月04日

2024年6月24日(月)晴れ、6月18日(火)~6月24日(月)までの6泊7日の旅の最終日は、新幹線での帰宅の途。昨日と同様、本日もホテルでゆっくり朝食をとることができた。本旅を振り返り、昨日は大雨であったが、その他はお陰様で天気にも恵まれ高山本線(岐阜~高山~富山:225.8㎞)に登場する45駅舎をすべて立ち寄ることができた。振り返れば、下油井~飛騨金山、猪谷~杉原、婦中鵜坂~西富山など難関区間もあったが、地元の人の多大なご尽力で無事踏破することができた。また、下呂温泉や白川郷の観光地などにも立ち寄ることができた。更に、夜は居酒屋で地酒や料理も堪能することができたし、多くの出会いもあった。思い出すと約2週間の苦しくもあり楽しい思い出が湯水の如く登場する。

高山本線の踏破を終え、本州にある13本線のすべてを各駅舎立ち寄りにより踏破でき、感無量の想い出で富山駅を後にする。新幹線の中で感動の思いをSNSやSMSで友人に発信する。旅はいいものですね。また、有言実行による達成感は気持ちのいいものですね。(完)

高山本線仕上げ旅!!その6(富山ガラス美術館観光)

投稿日:2024年07月03日

2024年6月23日(日)大雨、当初のプランは、永見線(永見~高岡:営業キロ16.5㎞)も考えていたが、大雨のため中止する。14時まで学生時代から楽しんでいるNHK将棋・囲碁トーナメントの観戦とゆったりホテルで骨休みする。

※富山ガラス美術館

その後、富山市電に乗車し、富山ガラス美術館(建物は世界的な建築家の隅研吾氏)の鑑賞に出向く。6階、4階、3階とガラス作品が展示されていた。久しぶりに目に栄養剤を注入することができた。この鑑賞は高校の先輩から推奨頂いた。かつて紀勢本線の旅でも水族館の推奨があり訪れた。骨休みの中にも充実した一日が送れ、感謝また感謝で一杯となった。ホテルを出る際、本降りの雨であったが、運よくガラス美術館を出る頃には上がっていた。寺部先輩有難うございました。この場をお借りして熱く厚く御礼申し上げます。

ホテルの戻り、汗を流した後、ホテル紹介の吟チロリに出向く。ここでも千葉在住の若者と懇談できる機会を得、旅の魅力をひしひしと感じる最高の一日となった。吟チロリを出た後、運よく小雨模様の中祭り場面にも遭遇する。

※富山の夜を締める

※祭り行列に出会う

 

高山本線仕上げ旅!!その5(猪谷~富山)後編

投稿日:2024年07月02日

➄14時8分、ローソンに立ち寄り、菓子パンを購入し、遅いランチとする。14時20分、しんでん保育園があった。14時25分、一面に水田が広がる田んぼ道を歩く。14時28分、諏訪神社前を通過。4時34分、八幡宮前を通過。千里(ちさと)駅には15時5分到着。

※千里駅への路

※千里駅

⑥15時7分。高日付踏切を横切り鉄道の右側となる。15時22分、神保小学校前を通過。15時35分、田んぼ道がある路地を歩く。15時53分、左手にJR線がある。16時1分、224歩ある高田橋(井田川)を渡る。16時11分、JR線下を潜り、鉄道の右側となる。地図をいつの間かロストし多少制御不能の状態となる。民家がある路地に入り、右往左往しながら速星駅を目指す。通行人を探すが誰一人合わず。やっと通行人の方に出会い、速星駅への道筋を聞く機会を得る。「真っ直ぐ歩いた先の踏切を横切り、鉄道に沿って歩いた先にあります」と教えて頂く。16時30分。速星踏切を横切り鉄道の右側となる。そして鉄道に沿って歩いた先に速星駅(11時46分)があった。この駅には車両基地があった。

※速星駅への路

※速星駅

⑦速星駅から地図ロストにより迷走する。鉄道に沿った道筋を歩く。17時2分、本郷踏切を横切って鉄道の左側になったのが失敗だった。大きく鉄道から離れとんでもない方向に進む。一人目の通行人の方に、婦中鵜坂駅の方向を教えて頂く。しかし、鉄道が見えず右往左往する。車に乗ろうとしている二人目の方に、運よく婦中鵜坂駅への道筋を尋ねる機会を得る。「ややこしいから送ります」と言って、助手席に乗せて頂く。くねくね迂回した道筋を車は進み、16時53分やっと婦中鵜坂駅前に到着できる。この親切な方によると、休日は撮り鉄ファンでこの界隈一杯になるとのことであった。カッシーちらしを手渡し、お礼を言って別れる。もし、この人に出会っていなければ、少なくとも30分位所要時間を要していただろう。本日最大の助っ人であった。感謝感激で一杯となる。

※本郷踏切の横切りで迷路に入る

※婦中鵜坂駅

➇婦中鵜坂駅から西富山駅への道筋もややこしかった。多少勉強した道筋が頭にインプットされていたのが功を奏した。くねくねした道筋を歩き、17時48分、国道62号線に出る。遠くに高山本線を走る列車を目にする。確認のため、ガソリンスタンドの従業員の方に西富山駅への道筋をお伺いする。ネットで検索して頂き道筋を調べて頂く。私が勉強した道筋であった。すなわち62号線を直進し、国道59号線と合流する交差点で右折し、神通川を渡る。そして、高山本線の踏切を横切り、鉄道に沿って歩くという道筋であった。しかし、歩いても歩いても国道59号線は登場しない。やっと、17時55分、国道59号線に合流できる。18時3分より、296歩ある新井田川橋(神通川)を渡る。国道59号線を多少不安を持ちながら進む。18時9分、前方に金星踏切を見つけ安堵する。丁度、猪谷方面に向けて列車が通過する場面に出くわす。18時42分、白鳥神社があった。西富山駅には18時51分到着する。

※西富山駅への路

※西富山駅

➈西富山駅から少し歩いた先で、富山駅への道筋をお伺いする。「遠いですが、この道を歩いて、大通りを左折しどんどん歩き、突き当りを直進した先に富山駅があります」と教えれ頂く。安全を期し、要所要所で聞きながら富山駅を目指す。19時11分、西部中学校前を通過。19時27分より、743歩ある神通川を渡る。まもなく歩くと富山駅(19時48分)が左手にあった。富山駅への途中、見覚えのある東横インがあった。

※富山駅への路

※富山駅

➉数年前にお世話になった漁火を探しながら東横インに向かう。結果探すことができず。東横インには20時5分到着。汗を流したあと、漁火の後継店舗の”あいの郷”に出向く。カッシーちらしを渡す。統計データに驚く。途中、新来客との情報交換もあり、約2時間楽しい懇談が続く。充実した一日であった。明日は大雨の様相なので、助かった。

※高山本線踏破祝杯!!

高山本線仕上げ旅!!その5(猪谷~富山)前編

投稿日:2024年07月02日

2024年6月22日(土)晴れ、高山本線仕上げ旅の第5日目は、猪谷から富山までの営業キロ36.6㎞に挑戦する。営業キロ35㎞超えは2022年8月3日(水)山陰本線(温泉津~浜田)以来である。それ故、精神的なプレッシャーを感じ本日の歩きに臨むこととなった。当初は万一の場合を想定し、2日の日程を配慮し旅プランを立てた。しかし、明日は大雨のため、何としても夕方までには富山駅に到着を余儀なくされた。ただ大きな助け舟は、富山駅が終点のため乗り継ぎ時刻を心配しなくてもいいし、賑やかな駅舎に向かうプランのため、沿道の人の応援に期待できたこと。正に、こだわり鉄道つたい歩きの第5条(先憂後楽の考え方)に準拠した歩き方だった。

※フォーシズンを後にする

※お世話になった寿楽久。高山駅

※猪谷駅(JR東海、JR西日本の車両)

※猪谷駅

高山駅5時31分の始発のため、昨夜も枕を高くしての就寝はできず。ただ、地図を見る限り、猪谷~坂上間に比べ、本日の区間が易しく感じたので、多少安堵感があった。加えて、笹津辺りから平野部分となるので、精神的にも楽であった。ただし、笹津から東八尾にかけて大きな迂回、また婦中鵜坂~西富山にかけて川が絡むという難関区間であった。

本日の各駅到着時刻は次の通り。

猪谷(6:46)~楡原(にれはら、8:53)~笹津(10:12)~東八尾(12:37)~越中八尾(13:40)~千里(ちさと、15:05)~速星(16:36)~婦中鵜坂(16:53)~西富山(18:51)~富山(19:48)

①猪谷駅に到着するや否や駅備え付きノートにメモする。飛騨細江駅に続き2度目である。猪谷駅は高山方面がJR東海の管轄、富山方面がJR西日本の管轄となっていた。猪谷駅を下車するとJR西日本の車両(2両)が停車していた。駅舎の玄関先には観音菩薩像があった。本日は6月19日(水)が猪谷から高山方面向かうのに対し、反対の富山方面を目指す歩きとなる。本日は概ね下り坂であり体力的には楽であった。しかし、6月19日の歩きに比べ、重いリュックを背負っての歩きであったので、足腰には多少負担を感じた。7時、駅前にある国道41号線を歩く。風強し。右手に工事中の赤橋があった。7時10分より、万歩計で468歩ある猪谷洞門を通過する。この洞門を出ると177歩ある猪谷橋があった。このトンネルを出ると、常虹の滝の案内板があった。この辺りで瞬間的に上り坂となるが、間もなく歩くと下り坂となる。7時36分、道の駅細入前を通過。7時40分、肩掛バス停(地鉄バス)を通過する。その先で自転車野郎と対面する。上り坂で大変そうであった。右手にダムがあった。7時51分より、全長1,034mある庵谷トンネルを通過する。

※赤橋、ダム

※庵谷トンネル、細入村役場

このトンネル出ると庵谷トンネル(304歩)があった。8時7分より通過する。トンネルを出た先でも自転車野郎と対面する。8時19分、道路標識を見て旧国道41号線に変更する。直進はバイバスとなっており、楡原駅には繋がっていなかった。8時25分より、135歩ある長谷谷洞門を通過する。8時30分より、4号と表示された洞門(300歩)を通過する。8時33分より、松ケ谷洞門(234歩)を通過する。8時51分、細入村役場前を通過する、楡原駅には8時53分到着する。この駅は道路から急な階段を上った先にあった。

※楡原駅

②9時4分、楡原郵便局前を通過。9時24分より、416歩ある岩稲橋を渡る。右手には富山県漕艇場(9時30分)があった。9時36分、岩稲という地名を通過。9時44分、左手にJR線を確認できホッとする。9時50分、笹津交差点を通過する。9時55分、国道41号線から枝分かれとなる県道25号線(栃波細入線)があった。誤って、八尾という表示があったので、この幹線道路に進もうとするが、川を渡らず進行するのでNGと判明し引き返す。5分位ロスタイムが生じる。10時1分より、137歩ある笹津橋(神通川)を渡る。暫く歩いた先に笹津駅(10時12分)があった。

※笹津駅への路

※笹津駅

③10時20分、春日踏切を横切り鉄道の左側となる。丁度、上り特急がやって来るとことであった。10時23分、幹線道路は県道69号線(富山笹津線)だった。10時55分、住吉神社前で本日の安全を祈願する。10時58分、稲代交差点で県道341号線に左折する。11時8分、神通川を渡る。この川には数人の釣り人の姿があった。葛原(つづはら)T路地交差点で県道25号線に入る。11時49分、右手に雪化粧がある立山連峰が見える。11時55分、八尾町井栗谷という地名を通過する。12時5分、右手にJR線が見えて来る。この界隈で郵便集配中人に遭遇し、東八尾駅への道筋をお伺いする機会を得る。「1㎞位取り過ぎています。遠くに白い建物があるところまで戻って下さい」と教えれ頂く。多少速足で引き返す。幹線道路から300m位歩いた先に東八尾駅(12時37分)があった。40分位ロスタイムが生じる。先程郵便局の集配人の方と出会った地点には12時56分に戻る。

※東八尾駅への路、釣り人あり

※東八尾駅

④13時5分、笹津街道踏切を横切り、鉄道の右側となる。13時23分より、252歩ある杉原橋を渡る。13時40分、特急停車駅の越中八尾駅には13時40分到着する。後編に続く!!

※この郵便ポスト地点で引き過ぎに気付く

※越中八尾駅への路

※越中八尾駅

高山本線仕上げ旅!!その4(白川郷観光)

投稿日:2024年07月02日

2024年6月21日(金)雨/晴れ、下記のようなプランで白川郷の観光に臨む。そして観光の後もマルヤや寿楽久で楽しいひと時があり最高の一日となった。加えて、バスでの待ち時間、岩手県北上在住の安原夫妻と話す機会を得る。カッシーちらしが入口となり、更に歩き鉄の実績をまとめた”樫原勉文庫”が大きな援軍となった。この文庫から安原さん最寄り駅の北上駅をタイムリーに抽出できたからである。改めて、ウエブサイト”カッシー館”の威力を痛感する。退屈な待ち時間40分位が充実した時間となった。安原さん有難うございました。

〇高山駅8:50 → 白川郷9:40

〇白川郷観光 9:50~12:40

※白川郷合掌苑”明善寺庫裡”に入館

※明善寺郷土館散策

※白楽でどふろくを堪能する

※白川八幡神社参拝

※白川郷を色々探検

〇白川郷13:15 → 高山駅14:05

〇マルヤで懇談 14:30~15:40

ホテルへの帰り道、”ぜんざい”という看板にひかれて、店に入る。私の帽子を見て、この店の女将さん(元田さん)から心温まるメッセージがある。早速、カッシーちらしを手渡し、これまでの経緯や歩き実績などを語る時間を得る。約1時間位お邪魔し色々世間話をする機会へと変化する。店内には色々な紙幣や常連客からの絵画が壁面やテーブルに展示されていた。せんべいもご馳走になる。至福のひと時であった。

〇寿楽久で高山最後の夜満喫 17:00~19:00

この店に三顧の礼を尽くし、高山の夜を締める。

※店主の四反田さん

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