2024年9月の記事一覧
第38回Rひやく会開催!!5年振りに盛り上がる
投稿日:2024年09月07日
2024年9月6日(金)晴れ、新橋駅界隈の土風炉で第38回Rひやく会が、総勢10名の参加の下、17時より実に5年振りに実現する。幹事として嬉しい一日となった。Rひやく会とは、首都圏在住で立命館を昭和47年から49年にかけて卒業したメンバーを軸とする親睦会。2005年12月、当時参加頂いたメンバーが偶然にも47~49年卒だった。それで下一桁である7・8・9をもじってひやく会と名付け、それに立命館の頭文字Rを冠につけ”Rひやく会”とした。そして第1回Rひやく会は2006年2月実現し、本日に至る。この会合はそれ以来主として2月、9月の第1金曜日で運営してきた。コロナ前の第28回Rひやく会が、偶然にも日付・曜日が同じ2019年9月6日(金)であった。あれから5年長くて短い5年間であった。
久し振りの再会で盛り上がる。しばらく歓談の後、時計周りで各自から近況報告がある。その中で東京キャンパス宮下所長から最近の立命館の活発な活動報告がある。卒業生の一人として立命館に入学して良かったと思う瞬間であった。あっという間に楽しい2時間半が過ぎ去る。次回の39回Rひやく会は、「本日の会場で2025年2月28日(金)、17時より」再会を誓ってお開きとなる。楽しい第38回ひやく会であった。
34作目著書登場(高崎線・上越線)!!こだわり鉄道つたい歩きPDF読本で
投稿日:2024年09月06日
2002年2月~2024年9月にかけて鉄道つたい歩きした高崎線(大宮~高崎:営業キロ74.7㎞)と上越線(高崎~水上~宮内:162.6㎞)が、”こだわり鉄道つたい歩き”PDF読本の形態で編集できましたので、読者の皆様に早速ご紹介させて頂きます。今回もスピード、コスト、身軽さなどを武器とするネットによる発信方法です。
本PDF読本は新たに策定したものではなく、これまでのカッシー館ブログまたは小さな挑戦日記を編集して作成したものです。このシリーズ、稚内~鹿児島の日本縦断の旅が2024年3月9日(土)納本作業完了(書籍形態を含め5巻構成)を機に、3月31日(日)から”日本横断歩き鉄の旅”に着手しました。今回は奥羽本線、羽越本線、元信越本線、元北陸本線、山陰本線前編、山陰本線後編、日豊本線、長崎本線、中央本線、総武本線、関西本線、紀勢本線、高山本線、予讃線他、土讃線他、高徳線他、飯田線、指宿枕崎線他、磐越西線東線に引き続き20弾目となります。
※日本の本線で未踏破路線:石北本線、室蘭本線、釧網本線、根室本線、筑豊本線、久大本線、豊肥本線の7路線
これまで北海道・本州・九州に登場する本線で踏破した本線は、高山本線にて”こだわり鉄道つたい歩き”PDF読本として国立国会図書館への納本を完了しました。これからは本線以外の路線についてご紹介したいと思います。今回は、第7弾目として、「高崎線・上越線」をご紹介させて頂きました。
本作品も34作目として近々国立国会図書館に納本したいと考えています。
次をクリックすると高崎線(大宮~高崎)と上越線(高崎~水上~宮内)を閲覧できます。
〇高崎線(大宮~高崎)
第1章 高崎線(大宮~高崎) 1頁~19頁
〇上越線(高崎~宮内)
第2章 上越線(高崎~渋川) 20頁~41頁
第3章 上越線(渋川~沼田) 25頁~41頁
第4章 上越線(沼田~水上) 42頁~50頁
第5章 上越線(水上~土合、越後川口~宮内) 51頁~70頁
第6章 上越線(土樽~越後川口) 71頁~104頁
第7章 上越線(後閑~越後湯沢)その1 105頁~124頁
第7章 上越線(後閑~越後湯沢) その2 125頁~138頁
第7章 上越線(後閑~越後湯沢) その3 139頁~150頁
<樫原勉文庫最新版>(2024年9月6日現在)
http://www.kassy-kan.net/blog/?p=46135 |
①日本縦断の旅(稚内~鹿児島) 6作品(国立図書館納1冊分)
②日本横断歩き鉄の旅 56作品(国立国会図書館納本第1編~第48編分の6冊分)
③こだわり鉄道つたい歩き 23作品(国立図書館納本23冊分)
※国立国会図書館納本(1+6+23+書籍4冊=34冊)
高崎線仕上げ旅!!新町~高崎
投稿日:2024年09月05日
2024年9月5日(木)晴れ、高崎線の新町駅から高崎駅までの営業キロ10.5㎞に挑戦する。この界隈は八高線つたい歩き(2001年5月)や高崎線つたい歩き(2002年11月)の際通過したが、少なくとも高崎線の新町駅から八高線の北藤岡駅までの区間は歩いていないことが判明し本日の挑戦となった。また、当時の歩きは高崎から新町方面に歩いたので、本日の風景とは全く異なっていた。高崎線・上越線は、”こだわり鉄道つたい歩き”PDF読本の第25巻として執筆を考えている。そのようなことで、急遽本日の歩きとなった。
※踏破なる
<本日のプラン>
往路 赤羽8:24 → 新町9:53
鉄道つたい歩き 新町~(北藤岡)~倉賀野~高崎 北藤岡は八高線の駅
復路(グリーン活用) 高崎14:14 → 新宿15:59
<旅日記>
本日の各駅舎立ち寄り時刻は次の通り。
新町(9:58)~北藤岡(11:17))~倉賀野(12:35)~高崎(13:55)
①ライオンが印象的な新町駅を20数年振りに撮影してから、国道17号線を歩き、北藤岡駅を目指す。17号線と言えば、昨年8月、苗場や猿ヶ京経由で歩いた越後湯沢から後閑までの三国街道を思い出し懐かしくなった。10時10分、民家の庭先に季節はずれのひまわりと対面する。10時16分、高崎市新町とある道路標識前を通過。10時16分、東京から96㎞地点とある標識前を通過。
※新町駅
10時20分、高崎市から藤岡市となる。ここで、通りすがりの人(横浜在住の熊倉孝之さん)と対面する。この人に「道路標識手前は高崎市ですか」と問い合わせる。「私も不案内でわかりません」と応答がある。私の帽子を見て、「鉄道歩きですか」と質問がある。早速、カッシーちらしを手渡し、カッシー館にある樫原勉文庫を開きながら、これまでの鉄道つたいについて説明させて頂く。「そのうちに、テレビ局などから取材がありますよ」と激励を受ける。一方、熊倉さんは首都圏の鉄道や川歩きの経歴があり、日記でその旅記録(30㎝位の高さ)を私と同様綴っているとのことであった。旅でのラーメン店の立ち寄りが楽しみとのことであった。約25分、立ち話であったが有意義な意見交換できる。今後の情報交換のため、携帯番号も教えて頂く。近々、横浜で飲みましょうと言って、熊倉さんと別れる。本日の出会いは思い出に残る1頁となろう。
※熊倉さんとの出会いへの道筋
※熊倉さんと有意義な時間を過ごす
10時47分、高速道路下を潜る。11時13分、第二拾弐踏切を横切った先に北藤岡駅があった。運よく、八王子方面行きの列車(1両)がやって来る場面に遭遇する。高崎線(複線・電化)と八高線(単線・非電化)の線路は好対照で印象的であった。
※北藤岡駅への路
※北藤岡駅
②T字路にぶつかり、右往左往するが、ネットで確認し、T路地を横切る。その先で国道17号線の道路標識を見つけ安堵する。11時39分、高崎9㎞、長野128㎞、新潟245㎞と記した道路標識前を通過する。11時41分より、万歩計で725歩ある新柳瀬橋(烏川)を渡る。この橋を渡ると、再び高崎市となる。倉賀野の標識を見て、迷ったが、左折しこの標識に従って歩く。この界隈の線路は上りと下りが分離していた。11時59分、上り線路を跨ぐ。12時2分、下り線路を跨ぎ、鉄道の左側となる。淡々と鉄道の左側を歩く。沿線には大型店舗が一杯あった。倉賀野駅への掲示板があり右折する。12時28分、倉賀野小学校前を少し歩いた先に倉賀野駅(12時35分)があった。駅舎に”倉賀野駅”と記した看板は23年前と同様なかった。誠に残念。倉賀野駅のホーム通路には、倉賀野の魅力を訴えた絵画で溢れていた。
※倉賀野駅への路
※倉賀野駅
③暫く、線路に沿って右側を歩く。13時5分、JR線下を潜り、鉄道の左側となる。13時40分、高崎アリーナがあった。高崎駅の公衆トイレで汗だくだくになったシャーツを着替える。高崎駅には13時55分到着。この駅構内には金井沢碑を展示していた。駅構内のコンビニで祝杯用のアルコールとつまみを購入し、昨年8月の上越線仕上げ旅以来のグリーン車で、高崎駅から新宿駅までの復路道中を少し贅沢な気分で楽しむ。至福のひと時であった。旅はいいものですね。
※高崎駅への路
※高崎駅
これで通算営業キロは、1万5千943km(活動日数787日、日本の鉄道の57.6%、地球円周の39.8%)となり、当面の目標の1万6千キロまで57㎞となった。それにしても、1万6千キロは遠いと感じる今日この頃である。
※グリーン車で祝杯!!