日豊本線の旅!!その6(重岡〜延岡)
投稿日:2020年02月29日
※延岡駅
2020年2月19日(水)晴れ、日豊本線つたい歩きの旅の6日目は、重岡から延岡までの営業キロ32.0㎞に挑戦する。今回のシリーズで最も長い区間となった。また、今回のプラン(宮崎空港〜大分)を練る上で、延岡から佐伯を如何に踏破するかがネックとなった。それは、次の通り、鉄道つたい歩きに活用できそうなダイヤは、1日1便しかなかったからだ。それ故、延岡から佐伯までの58.4㎞を重岡〜延岡(32㎞)、重岡〜佐伯(26.4㎞)に分けて踏破することが余儀なくされた。
※重岡駅
※重岡駅、重岡駅界隈
延岡から佐伯までの各駅停車は、6時10分発と19時33分発の2便。一方、佐伯から延岡までは6時18分の一本しかない。佐伯から重岡までは17時30分発と19時3分発の2本があるが。従って、この区間は、正に陸の孤島という感じだった。加えて、駅のホームに行く場合、階段を渡る陸橋のため、足の不十分な方は辛い駅舎となっていた。重岡から延岡まで歩き終えて、重岡、市棚、北川辺りは民家が多くあり、今の鉄道状況では”益々過疎化する恐れがあるなあ”と痛感した。
※宗太郎駅へも路(霜が降り手寒し)
※大分行きの特急”にちりん”、宗太郎駅
※宗太郎駅のダイヤ、宗太郎駅のホーム
※宗太郎駅
延岡発6時10分と佐伯発6時18分の車両は、共に特急車両(1号車両のみ利用可)であることに驚いた。そして、中間辺りの重岡駅で離合することも確認した。朝、重岡で高校生が十数名乗り込んできたのも印象深い。宗太郎駅と市棚駅の間に、大分県と宮崎県の県境があった。
延岡から佐伯までの区間を通じて、東海道本線の浜松~豊橋、大垣〜米原の区間を思い出した。共通点は静岡県と愛知県、岐阜県と滋賀県という具合に県境があることだ。県境を越えて通勤、通学は少ないと判断したからだろうか。
※宗太郎駅(コミュニティバス)、大分県さらば、鐙川に跨る鉄道
※これより宮崎県へ、可愛い犬、市棚駅
※市棚駅
本日登場する駅舎と踏破時刻は、重岡(6:53)〜宗太郎(9:16)〜市棚(11:53)〜北川(13:33)~日向長井(14:58)〜北延岡(16:18)〜延岡(17:48)である。国道10号線に対し、鉄道が右に行ったり左に行ったりしたので、鉄道が右手側か左手側かを掌握しながらの歩きとなった。また、鉄道や道路に沿って鐙川(あぶみがわ)が流れていた。
この区間トンネルは、次の通り6つあった。①大原トンネル(327m、7時12分よりトンネル通過)②前畑トンネル(102m、7時22分より)③宗太郎トンネル(165m、8時13分より)④立花トンネル(81m、9時58分より)⑤市棚トンネル(303m、12時3分より)⑥はゆまトンネル(365m、14時26分より)
※市棚トンネル、門司より230㎞地点、北川駅界隈
※永代橋、かつて北川町役場か?
※北川駅と時刻表
※熊田バス停、熊田橋(209歩)、はゆまトンネル
最初踏破した宗太郎駅は国道から50m位急な斜面を上がった先にあった。その界隈に民間が数十軒あった。市棚駅は通常の駅舎と同様民家が密集する箇所にあった。駅舎近くで沢山の犬が愛らしく寄って来たのは印象深い。北川駅は、万歩計で280歩ある永代橋を渡った先にあった。延岡市に合併する前は北川町の中心であったと駅舎から推察される。北川小学校や旅館、スーパーもあった。唯一の5階建位のビルは「かつて町役場ではないか」と推察された。熊田橋(209歩)を渡り、国道に合流する。日向長井駅と北延岡駅は国道に沿ってあった。ただし、日向長井駅への道筋は1m弱の小径の経由を余儀なくされた。
※日向長井駅、門司から240km地点
※北延岡駅、和田越人道
※祝子川、旭化成グループの煙突
沢山のトンネルや山道を上ったり下ったりしながら、16時46分、万歩計で377歩ある和田越人道のトンネルを抜けると延岡の街並みが広がっていた。17時17分、鉄道下を潜り、樫山町交差点を左折した先に万歩計で199歩ある祝子川(ほうり)を横切る。鉄道に沿って歩く。まもなく、旭化成グループの煙突が見えて来る。そして、駅前にあるホテルルートインが見えて来る。その先に延岡駅があった。
※ホテルルートイン、延岡駅
ホテルに帰るや否や和食亭”こだま”に参上し、女将さんやマスターと本日の苦労談を肴にして本日は閉幕となる。
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