東北の旅!!その5(気仙沼散策の巻)
投稿日:2019年10月16日
※蔵ホテル一関(栗駒の間にて朝食)~食材豊富でした(2度目の訪問)
※蔵大黒(ホテル内のレストラン)、一ノ関駅
※一ノ関駅(気仙沼行き)、東北本線と大船渡線、大船渡線の車両
2019年10月6日(日)、曇り空の中、旅の5日目は、2011年3月に起きた東日本大震災の復興状況を確認するため、大船渡線に乗って”気仙沼湾散策”に向かう。この界隈への足の踏み入れは、家内共々生まれて初めてであったのでワクワクドキドキ。気仙沼駅に着くや観光案内で見どころなどをお伺いする。その結果、1時間の貸切タクシーをご紹介頂く。吾妻さんというドライバーの方に、気仙沼に関し色々懇切丁寧な説明を受けながら案内して頂く。感謝感激。
※仙山線と大船渡線
※気仙沼湾、気仙沼駅
※大船渡線の沿線風景
※気仙沼大島大橋の模型、震災当時のビデオ〜海の市の会場(2F)
①高台からの気仙沼一望できるスポットでは、次のような説明があり。「震災が起きた日は一面火の海でした。恰も地獄の絵巻でも見るような光景でした。石油コンビナートが破裂したのが主な原因であるとのことです。気仙沼は火の海になりましたが、大島のお蔭で津波は少しは緩和されました。高台から見える大島は後で行きます。」
※気仙沼を背景にして
②復興に当たっては、瓦礫の撤去に2年、2〜3m位の地上げに3年、そして土地を固めるのに2年を要しました。そして、地盤が固まったので現在住宅計画が進んでいます。土は主として近くの山を削って持ち込んだと聞いています。今回の震災を機に素晴らしい街並みになることを期待しています。
③海岸に沿って2m位の塀ができつつあります。幾らリスク回避とはいえ、美観への悪影響と圧迫感を生じることから反対する人もいます。
④海岸線の近くは住宅は建てられません。従って、漁業を営む人は、海岸と高台へのアクセスが余儀なくされます。
⑤気仙沼から現在普通になっている鉄道区間は、廃線となり、鉄道からバスに切り替えて対応しています。それ故、随所で廃線跡が残っており、寂しい限りです。
※気仙沼線のJRバス(柳津行)、気仙沼駅のダイヤ
⑥風光明媚な気仙沼は、鮪の水揚げ、フカヒレの生産など日本一が多いです。今年は不作ですが秋刀魚の水揚げも。また、安全な港として、台風シーズンには船が回避のためやって来ます。
⑦気仙沼大島大橋を徒歩で渡って大島に行って下さい。車は橋を渡った先でお待ちしています。
※気仙沼大島大橋にて
※気仙沼大島大橋を背景にして(大島から)
⑧昼食はタクシーの終点である「気仙沼海の市」でとって下さい。
※まぐろ屋にて
※吾妻さんのタクシー、昼の昼食会場
貸切タクシーのお蔭で、効率的な観光ができる。また、海の市での鮪丼は贅沢の具で最高であった。加え、ビデオを通じて、改めて自然の計り知れない脅威を教えて頂いた。この観光センターにも震災当時海面の位置が記されていた。信じられない程の高さであった。お蔭様で家内共々、充実した一日を送らせて頂く。吾妻さん有難うございました。この場をお借りして御礼申し上げます。
※海の市前バス停、路線バス
※一ノ関駅と仙台駅
※ホテル界隈の五橋横丁で祝杯
東北の旅!!その4(平泉散策の巻)
投稿日:2019年10月14日
※米沢駅、米沢牛
2019年10月5日(土)、東北の旅の四日目は、山形新幹線と東北新幹線を乗り継いで、米沢、福島、そして一ノ関と移動する。米沢駅構内には米沢牛の像が展示されていた。また、四国4県のPRした熱い熱いコメントがあったので、次の5フレーズを転記。「南米のウュニ塩湖みたいな水鏡やね」、「よぉに見て四国や」、「大仏もええけんど、小僧がええ」、「京都かと思うたやろ」、「イタリアにも似たかが、あるにやあ」。
※四国のPR、米沢駅(つばさ132号)、福島駅
※福島駅、一ノ瀬駅(やまびこ45号)
福島駅から米沢駅までは山また山で幾つかの駅舎があったが、道筋は全く車窓からは見えず。将来この沿線も鉄道つたい歩きをしたい関係で、福島駅の駅員さんに聞いたところ、「車が一切通らない獣道がほぼ鉄道に沿ってあります。しかし、比較的賑やかな板谷界隈に最近熊が出没したニュースを聞きました。米沢から福島までの鉄道つたい歩きは危険なので止めた方がいいですよ」のコメントを頂く。このコメントをお伺いし、8年前に歩いた南海高野山線(高野下から高野山の行程)と同じようなコメントを頂いたことを思い出した。鉄道路線の状況によっては、山陰本線の保津峡駅のように渓谷で、「駅舎立ち寄りによる鉄道つたい歩き」ができない区間があるからだろう。
※中尊寺ガイド、金色堂拝観料
※平泉駅、中尊寺入口、弁慶堂
※中尊寺本堂
※本堂、金色堂への参道
※経蔵前
一ノ関から在来線に乗り継いで平泉へ。そして、観光バスに乗り継いで中尊寺へ。家内とは一ノ関駅で合流する。平泉中尊寺は2015年5月、盛岡から仙台を鉄道つたい歩きする際、参拝したことがある。懐かしい限りだ。今回は平泉駅から便利なバス(200円均一)を活用し中尊寺まで移動。弁慶堂、本堂、金色堂、経蔵などを散策。金色堂・経蔵は拝観料を要したが、ビデオなどを通じて、藤原三代の歴史を改めて学習させて頂く。特に、7年を要した金色堂修復作業の細かな技術力にはビックリ。いい観光を家内共々させて頂いた。天や神に感謝あるのみ。
※芭蕉の奥の細道、釈迦堂前
※中尊寺入口、バス停前
そして、帰りも便利なバスで平泉駅へ。バスに乗ったお陰で平泉のメッカも勉強できる。改めて、百年続いた藤原三代の凄さを脳裏に焼き付けるひと時であった。
※平泉駅前
平泉からは数分の待ち合わせで、予定の平泉から一ノ関への在来線の電車に間に合う。そして、蔵ホテル一関にある蔵大黒で祝杯をあげる。また、今日は米沢からの移動時間にも余裕があったので、カタールドーハの世界陸上をテレビ観戦する機会を得る。その中で、20㎞競歩で山下利和氏が金メダルに輝く瞬間をゲットでき、最高の一日となった。
※飲み比べで祝杯
♪( ^ω^)・・・…♪・・・・
2019年10月15日(火)、先日山形の”山力”でお会いした泥舟氏から次のような心温まるメッセージを頂く。感謝感激。
今どちらに?山形であってから、泥舟は盛岡に2泊、苫小牧に帰宅。台風19号の被害は??気をつけて旅を続けて下さい。
カッシー館拝見。平泉は懐かしい。大学3年4年の時、計30日平泉発掘調査に参加。発掘とは土方仕事なり。炎天下金色堂前の広場(池跡)発掘、地下2mから酒器に使った土師器(はじき)が続々発掘。成果はあったが、つらかった。青春の夢の跡です。
言葉ありません!!台風19号による甚大な被害
投稿日:2019年10月13日
いつもカッシー館へのご愛好誠に有難うございます。
2019年10月12日(土)は夕方からNHKなどの台風情報に釘付けでした。そして、10月13日(日)、朝のニュースで長野県や福島県をはじめとする東日本において、甚大な被害状況を観てビックリ。言葉がありません。このうち、私が2000年5月から歩いた鉄道沿線地区も随所に登場して来ました。心からお見舞いを申し上げる次第です。今回の被害の大半は、土手の決壊によるものと感じました。日本の河川は大半が天井川。しかし、普段の時は川幅の一部で流れているのみ。河川敷を利用し、サッカー場や野球グランドなど多々見かけました。その河川が瞬間的な豪雨で氾濫するとは信じられない心境です。
自然の計り知れない力に唯々驚きました。そして、これまでの19年半位の歩きを通じ、「美しい日本の山・海・川の景観とリスクは表裏一体の関係にあるなあ」と痛切に感じた次第です。
これから、風水害などによる自然からの猛威を宇宙科学分野などから少しでも緩和できるよう、研究そして実用化を日本そして海外の優秀な若者に期待したいものです。
2019年10月13日
カッシー館長 樫原 勉
東北の旅!!その3(中川〜米沢踏破の巻)
投稿日:2019年10月12日
※山形駅、奥羽本線と仙山線
※中川駅、米沢駅を目指して
2019年10月4日(金)、午前中は好天、午後は雨の中、奥羽本線の中川から米沢までの営業キロ24.3㎞に挑戦する。昨日の歩きの状況から判断し、山形発の出発時刻を7時41分から7時11分と1電車早いダイヤに変更して臨む。この季節、17時を過ぎると辺りが急に暗くなることも考慮したからである。また、路に迷って大幅に各駅立ち寄り予想時間が遅れることも想定したからである。
※福島まで65㎞、県社八幡神社、赤湯駅への案内
※赤湯駅
本日も次の通り、悪戦苦闘も余儀なくされたが天や神のご加護や地元の人にお世話になり、無事全ての駅舎に立ち寄りに成功する。
中川(7:46)〜赤湯(10:03)〜高畠(12:35)〜置賜(おいたま/15:28)~米沢(17:24)
※伊達家のふる里資福寺跡、地産館
本日の旅のコメントは次の通り。
(1)中川から赤湯までは、本日の営業キロでは8.3㎞と最も長かったが、天気にも恵まれ順調に歩くことができる。地元の人のお世話に加え、道路標識の看板をタイムリーに見つけることができ達成できた。それにしても、赤湯駅への看板を見てから赤湯駅までは随分遠く感じた。
(2)赤湯から高畠までも順調に歩くことができる。途中、地産館で手打ち蕎麦を頂く。高畠駅に”太陽館”という洒落た温泉があるのにはビックリ。10年位前に歩いた「わたらせ渓谷鉄道の水沼駅」を思い出した。
※まほろばの緑道、高畠駅
※高畠駅前(河童の像)、太陽館(高畠駅構内)
(3)一方、高畠駅から置賜駅は今回の行程の中で、営業キロが4.3㎞と最も短ったが、約3時間も要するという結果となる。今でも地図を確認して、何故このような路に迷った経路になったのか半信半疑だ。恰も「狐や狸に化かされたような錯覚をした」経路・時間であった。最近では天浜線で気賀から西気賀に向かう際、誤って気賀に戻るという体験をしたことがある。この時は「何故自分が誤ったのか」を地図で解明できた。しかし、今回は誠に残念ながら判明できない状況だ。唯一自分を弁護するならば、雨の状況で注意力が散漫になっていて、右折すべきところを直進したのだろう。それとも、ナビの地図が一部不鮮明になっていたのかも知れない。何れにしても、ウォーキングの醍醐味を楽しむことができた。
※ミステリーゾーン突入、高畠駅への案内標識(米沢まで9㎞)、疑心暗鬼で歩く
※天王川(天王橋)、高畠駅への案内板、置賜駅(宗谷本線で見かけるような駅舎であった)
(4)置賜駅から米沢駅までは順調に歩くことができる。それにしても、北村公園から米沢駅までが遠く感じた。また、複雑でもあった。最上川を渡って米沢駅への道筋は3本あることを学習できた。そのうち、最も王道でない道筋を歩いた関係で、こんな細い路が米沢のメイン道路かと勘違いをした。後で東横インのお散歩マップで判明し、「流石上杉氏の城下町だ」と安堵する。
※米沢市青果物地方卸売市場、北村公園、最上川にかかる歩道橋
※米沢駅、米坂線の車両(非電化)
※米沢東横イン、母屋
(5)これで、当初予定した天童から米沢までの営業キロ60.3㎞が、全ての駅舎立ち寄りにより繋がる。夜は、東横インの紹介で”母屋”という居酒屋で、地酒と郷土料理を堪能しながら、地元の方と祝杯も兼ね懇親を深める機会を得る。楽しいひと時であった。
※母屋でのひと時
台風前夜!!令和最初の東京香川県人会理事会参加
投稿日:2019年10月11日
2019年10月11日(金)、永田町の界隈にある都道府県会館で18時より40数名の参加の下、「東京香川県人会令和元年度第1回理事会」が松平頼武会長のご挨拶後開催される。今回の主な議題は次の通り。
(1)新役員の選定(案)について (2)平成30年事業報告について (3)平成30年度決算について (4)令和元年度事業計画(案)について (5)令和元年度予算(案)について (6)会則の改定等について (6)第101回定期総会準備状況について (7)その他
日本の会社等の決算は4月〜3月が大半であるが、東京香川県人会は9月〜8月とユニーク。今回、会則の改定等に熱心に議論が展開され、その結果概ね原案で決議される。最後に来年度の第102回定期総会について、「令和2年11月19日(木)、東京プリンスホテル」で進めている旨の素早い情報提供が事務局からある。
※松平会長を囲んで
熱心な議論の後は、いつもでればお楽しみの懇親会があるが、大型台風の関東上陸を配慮し、今回は中止となる。しかし、16名の有志がB1にある”上海大飯店”に参集し、引き続き懇親を深める機会を得る。今日も充実した一日を送ることができ、本日参加の皆様に感謝あるのみ。